あっ草花

草や花からも気づきを得られる、そんな境地を目指して

自分を認める

以前から、「お客さんにアドバイスをしても信用してもらえないことが多い」そう思っていた。
ある時、ネットで「周りから信用されないのは、自分で自分を認めていないから」というような言葉を見た。

それから自分のことを認めるように努めてきたつもり。
それ以来、少しは改善したように思う。

けど、まだ「医者じゃないし。法律で言ってはいけないことが多いし。どうせ言ってもしないし。」などなどネガティブな思いが浮かんで言葉にしないことも多々ある。



去年の末くらいから、特に人の愚痴が聞きたくなくなった。
「それを改善するには瞑想が必要やろう」と思っていたらいい記事を見つけた。

相手の話を共感をもって聞き、相手を認めてあげるためには、実は、自分を認めてあげること、つまり「自己肯定」が必要です。


この記事でも、
心理学やカウンセリングの理論では、すべての人間関係は、自分を映し出すただの鏡だと捉えます。
という言葉が出てきた。

やはり今必要なのは瞑想。



完璧ではなく、完了を目指すほうがいい

ということで「まずはやってみる」ことが大切というのも何度か見た。
それもあってここ数日は朝以外の瞑想もするようになってきた。



「自分を認める」ために「自分を見つめる」瞑想をしてみた。

すると一番初めに浮かんだのが、気功体操をしてる時「外から見られたら恥ずかしい」という気持ち。

これはなぜそう思うのか?
人からどう見られているのかを気にしてるから。

しかし、これは「気にしなくていい」
笑われてもいい。
変な人と思われてもいい。

それに、数年前ひどかった花粉症が最近はかなり改善した。
食事に気を付けたのもあるけど、気功体操のおかげ。
だから恥ずかしい事ではない。


次に、お店にかかって来る営業電話がイラっとくる。
これは自分中心に考えるから。

少し前、相手の都合がわかると怒りがなくなった経験をした。
だから「要件を聞いて、対応する」これでいい。


次が、興味のありそうなネット記事を探してしまう。
これは「不安なのか?」と思ったけど、「何に?」と考えても出てこない。

「頭がどうなってるのか?」をイメージすると、脳から湯気のような線が外に向かって伸びているのが浮かんだ。
つまり外に求めている。
だからそれを内に向くようにイメージした。

この3つが終了した時点で頭がかなり軽くなったのがわかった。