あっ草花

草や花からも気づきを得られる、そんな境地を目指して

保身


下記の記事は4月11日に書き上げていた。
しかし、オスとかメスとかの問題?が出てきたから投稿するのを待ってみた。

昨日の笹井氏の会見の記事を見て、一区切りと思ったから出す。

上司が部下の書類を一言一句整合性を確認するのは違うのかなと思った。
部下が「こうです」と出してきたらそれを信用するのかなと思う。

でも、責任はある。
それを「途中から参加したから」というのは責任逃れのための言い訳にしか聞こえない。

ノートを書く基準、これはいいね。
「3年後に忘れてしまうようなことは、ちゃんと書いておくべき」





*私の個人的な感想と勝手な予想です。

今の争点?論点?は、
STAP細胞があるのかないのか。
・不正か、ミスか。捏造なのか間違いなのか。
・論文を撤回するかどうか。
・責任の所在。
だと思う。


・あの会見で納得「できた」か「できなかった」か?
できた。

STAP細胞は「ある」のか「ない」のか?
あると思う。

・あれは「捏造・改ざん」か「不勉強・不注意」だったか?
捏造・改ざん。

・論文の撤回はどっちがいいかわからない。

・責任は、責任ある人が逃げている感じがする。

・・・・・・・

4月9日の本人の記者会見の翌日、4月10日の朝日新聞の1面は
「新たな根拠は示さず」「データなし晴れぬ疑惑」だった。


一緒に働く女性がその記事を見て「小保方さんがかわいそう」と言った。
「佐村河内と何が違う?」と聞いたら
「小保方さんは申し訳なさそうやからいじめられているみたい」と言った。

化粧、装飾品、服装、態度。
弁護士の入れ知恵もあったかも。
あのイメージは大切やったと思った。

イメージによる先入観に惑わされぬように、自分なりに想像、予想、考察してみた。

・・・・・・・

社員として

会見の最中、ある質問に対して
「私は理研の社員なので」と答えた。
現在進行形の表現。

実験に成功した人の名前を言わなかったのは、その人に報道陣が押しかけ迷惑がかかるから。
ノートの公開についても「秘密実験もあるのですべての方には公開できない」と言った。

それに、
「iPS細胞との比較に関する広報活動に参加する立場ではなかったので、お答えしかねる。」

つまり、
自分の立場や周囲の状況を考慮して発言している。

これらを考えると、仮に新たな証拠があったとしても、今の研究所と対立している様な状態(個別の会見)で、小保方さん個人としてデータを開示しないのは納得できる。


社員だから会社の利益になる情報は漏らせない。
どこまで開示していいかがわからない。
だから出さなかった、とも考えられる。

・・・・・・・

ノートが4~5冊。

俺がこの業界に入ると決めてから勉強のためにつけ始めたノート。
3年8ヶ月、自分用で6冊目。
その間の仕事用(1年半)で3冊半。
合計約9冊。

ノートの枚数にもよる。
書けばいいというもんではない。
それに、
データはほとんどパソコンに残してるやろう。

それらを考えても3年で4~5冊は、胸を張って言えるほど多い数字でもないと思う。
研究って、ユニットリーダーってその程度なの、というのが俺の感想。
小保方さんに疑問。


が、ノートが少ないことと、
論文の改ざん・捏造とは関係ないと思う。

ノートが少ない=ちゃんとしていない人=論文を改ざん・捏造につながるのかな?
ずさんな管理が捏造の決め手になるのかな?
三者が小保方氏の実験内容を正確に追跡し理解することが困難=不正はどうやろ?

俺のノートも自己流。
仕事で提出義務がある訳ではないが第三者が見てわかるものとは言い難い。
小保方さんを擁護。


しかし、

・・・・・・・

捏造・改ざん

勉強不足だろうが、悪意があろうがなかろうが、結果が変わらなかろうが、
その行為・事象を改ざん・捏造というのであれば受け入れるべきだと思う。

少し前の新聞。
横断歩道で歩行者の前を車で横切ると道路交通法で違反になるとあった。
それを知らない人がこれくらいいいやろうと反論していた記事。
知らなくても違法は違法。


理研の定義
研究資料に操作を加えて結果を正しくない方向に導けば「改ざん」
「データの信頼性を失わせる危険性を認識しながら行ったと言わざるを得ず(捏造)と判断した」
というのは納得できる。

・・・・・・・

保身

「今回の論文は私の中では現象論を記述したものであって、最適条件を証明したものではない」
「これから最適条件を示すような論文をまさに準備しようとしていた」

なぜ始めに手順書のような論文を書かなかったのか?
そういった論文ではネイチャーに載りにくいからか?
もしそうならば、ネイチャーに載るための論文を用意したということ。
操作もあったのでは、と考えてしまう。

それを認めたくないのは、「知らなかった」「悪意はなかった」「間違った」からやろう。
でも、「認めると会社規程による処分が厳しくなるのを嫌がってかな?」とも思ってしまう。

小保方さんの保身。


『説明したいといろいろコメントの用意などをしていたが理研が「それは適切ではない」と判断し会見できなかった。』
会社(研究所)の都合のいいようにしたのでは。
臭いものにフタか、と思った。

『「弁明の機会」は十分ではなかった』
なのに結論を出したのはいかがか?結論を急いだ理由は?

研究所の保身。

・・・・・・・

今後

論文は、
改ざん・捏造であったと認め、その処分を研究所に委ねるのがいいのでは。
もし仮に、小保方さんがクビになる様な企業なら、不完全な論文を認めた研究所の体制も一緒に問題にすべきだ。

今は細胞があるかどうかより、倫理の問題だという。
それなら共同著者、管理体制をも裁く必要がある。

「特定国立研究開発法人」指定法案、今国会成立断念へ。
これとの関係も。


細胞は、
「論より証拠」
他の誰かが作れたら言っていることが証明される。


弁護士
倫理上の問題とされるのはしかたないが、ルールを間違ったからといって有罪認定するのは人権侵害になる。

まぁ、この言い方はトゲがあるにしても考え方は同じ。

・・・・・・・

まとめ

2014年2月2日
朝日新聞「朝日求人」仕事力
どこかで徹底して自分と向き合う時期がどうしても必要。
人間は一度くらい深く内側に入る時期がないと成長しない。
人はそれぞれ秀で方が違う、適材適所。人の数だけ、仕事や存在の仕方があるのだと思わずにはいられません。


4月11日産経新聞
人生の楽譜
「私の両親は怒るだけではなく、抱きしめてくれた。それが安心感につながっていた。だから自分も心がけているんです。」


だから
罪を憎んで人を憎まず。

本人も「マイナス100から」「チャンスがあれば」と言っている。

間違いを謝り、それを許し、次の対策を一緒に考える。
そんな人間になれるように。