昨日の続き、復習会の件。
10日13時30分頃の時点で読んでいなかった最後の一人も10日の15時頃には読んでいた。
しかし、11日13時の時点で誰からも返事はない。
10日夜の時点では、「全員が話し合いを始めるまで待つ」と思っていたけど、いつまで待つかを考えてみた。
「ずっと」か?
もしずっと誰も話し始めなければこのまま企画倒れになる。
それでもいいか?
一瞬「まぁいいか。俺が参加したいのは自立した人の集まりで、俺が何かしないと始まらない会なら無い方がいい」と思った。
しかしその後、それだと「相手から反応がなかったから復習会は開催されませんでした」とまた人のせいにしてしまう。
言い出しっぺは俺なのやから俺が何かしないと、と思った。
しかし、そう思っても出てくるのは「自立した人」って言ったのに、なんで誰も何も発言しないのか?
その時、師匠の教えを思い出した。
人の短所を補ってあげましょう。
お互いの長所を活かせばいい。
なるほど、俺以外は案が出ない人達なんや。
それなら案が出る俺が出したらいいだけの話。
他の皆にはそれぞれの長所を出してもらおう。
と思えた。
「選択陰圧」は、何もせずに放置。
これは1週間にしよう。
いくら忙しいとは言え、1週間あれば返事は返せる。
ということは、1週間待っても返事が来なければもう来ないと判断していい。
次の案は「構造的選択圧」
俺が思う「参加資格」を案として書く。
俺の案。
開催するのは、「教え合う、自発的な、復習会」なので、「無料で整体を教えて欲しい、又は無料で整体して欲しい」という人が来ると困ります。
なので参加条件は「その日、お金を払って師匠の行脚を受けた人だけ」というのはどうでしょう?
例外として、支部のお世話係の人。
今ならHさんの奥さんですが、「ヒーリング部屋を出ておかないといけない時」とかは入ってもらってもいいのではと思います。
それと、師匠のヒーリングを座って待てない人。
こういう人も特別だと思います。
ですので、余程のことがない限り、基本的にクローズな会。
復習会に参加(一時的な入室も同様)したいなら、師匠にお金を払って行脚から。
これならスジが通っているので、誰かをお断りする時にも不公平感はないと思います。
いかがでしょうか?
ご意見よろしくお願いします。
これを考えてからまたスピリチュアル系のブログを見たら「因果応報」や「鏡の法則」という言葉が目に付いた。
相手がしないから自分もしない。
これでは何も変わらない。
変わるなら自分から。