あっ草花

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ボケ+ツッコミ=笑い

理論ができたかと思ったけど、他のパターンを入れたら成り立たなかったから単なる例えに終わった。
けどせっかくやから書いておこう。

ボケ+ツッコミ=笑い

ボケに対してツッコミを入れることで笑いが生まれる。
これ、お笑いの基本。

ボケだけ放っておくとただのボケで終わる。
急に「なんでやねん」とツッコミだけしゃべっても意味は通じない。

ツッコミによって笑いが生まれたとしても、ボケがあってこそ意味が成立する。
つまり笑いが生まれたのはボケとツッコミ、両方のおかげ。

だから立場は対等。
ボケ=ツッコミ。


逆に、
ボケに対して「面白くないと言う(批判)」又は「何も反応しない(無視)」
この結果、ボケは死んで笑いは生まれない。

ツッコミ次第では笑いが生まれる可能性はあった訳だから、「笑いが生まれなった」のはボケのせいでもあるけど、突っ込まなかった「面白くないと言う」又は「何も反応しない」人たちのせいでもある。

だから責任は同等。
つまり、ボケ=「面白くないと言う」又は「何も反応しない」人たち。

ということはボケ=ツッコミ=「面白くないと言う」又は「何も反応しない」人たち。
という公式が成り立つ。

つまり「皆のおかげ」であり、かつ「皆のせい」
誰が良いや悪いはない。



女優と社長。
「ファンのことを考えろ」と彼女たちを批判した人たちが一番大切にするのは「ファン」なんやろう。「ファンを大切に」その考え方は素晴らしい。
「今回のことで女優と社長を余計に好きになった」人たちも良し。
もちろん、女優と社長もよし。

全てが同等。

これはなんとか「ボケ+ツッコミ=笑い」に近い形になったような気もするけど。
でも次が全然。



LGBTカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」

「国の将来を憂いての発言」という面だけ考えると評価する人もいるのでは。
LGBTのために税金を使う」ということはLGBTを特別視しているということ。それ自体がLGBTへの差別ではないか、と考える人にとっても一部は賛同できるのではないか。

「この「炎上」により問題が可視化し、広く危機感を共有することができてよかった」
と書いている人もいた。

杉田氏にも一理あり、批判する人にも一理ある。

では、この場合の真理は、
俺にはわからん。

わからんけど自分がされて嫌なことは人にもしないのがいいのでは。

LGBTの人たちにしてみれば「生産性がない」と言われれば傷つくやろう。
かと言って「お前の考え方はおかしい」と言われれば誰でも嫌やろう。それは杉田氏も同様だと思う。


だから人のことをとやかく言わず、自分が楽しいことを追求する。
それが今後必要で大切なこと。

こちらは「ボケ+ツッコミ=笑い」ではまとめられんかった。



人の気持ちは聞いても理解できないことがある。
だから考えたってわかりっこない。

「こうではないやろうか」という思いやりを持ちつつもとやかく言わない。
自分が楽しいことをする。

それが楽しく生きるコツ。

今回のはちょっと無理が多いな。