東大の祝辞に関して、俺も引っ掛かったからまとめようと思ったけど、炎上して色んな意見が出たからやめた。
見てから気づいたけど、動いている上野さんはこれが初めてやった。
社会学者って他人に興味がある人間なんですよ
自分に興味がある人間はね 詩書いたり 小説書いたりするでしょ
自分にかまけるなんて なんて つまんないことなんだろう
自分を掘ったって しょうがないじゃないか
他人の方が謎ですよね 他人は未知です ほんと他人は謎です
一理あるけど、わざわざ他人を批判するのはどうなのか。
家族のようなっていうのが すごく嫌なんだ すごく抵抗がある
良いことやっている人ほど 家族のようなって形容詞お好きなのよね
家族ベストなら 家族以外のものが 家族のようなことをするのは
代用品でしょ 代用品って二流品じゃないですか
自分たちがやっていることに二流品だって お考えになる必要なんて何もないじゃない
いつも思う いっつも思う
日本 家族の呪縛が その辺にいっぱいあるから
家族 is the bestでさ
かなり偏ってるなぁと思い、悩み相談の時に受けた印象とはだいぶん違って見えた。
・遠慮しない
・本音でぶつかっている
・行動している
岡潔さんと上野さんとの違いも気づいた。
それは周りの目を気にするかどうか。
岡潔さんは世間体を気にしない。
それは奥さんがそう言っていたと書いていたし、服装にも気遣いがない。
対して、上野さんは服装に気を使い、しゃべり方にも周りへの配慮が現れていた。
・声の大きさや歯切れなどの聞き取りやすさ
・変な口癖がない
・イントネーション
などを客観的に意識した結果なのだろう、というしゃべり方。
しかし、どこかにさっきのような「歪み」も感じられた。
相手を気づかいしゃべるけど、心の中の苛立ちや我慢や批判が滲み出た、そんなしゃべり方やった。
経営者が書いた本も何冊か読んだけど、最近読んだ人達とは何かが違うと思った。
「自分の成長があって売上が上がる」ということが書いてあり、「成長」といった意味では共通している面もある。
経営者は、自分が思う「こうした方がいい」を実行して売上で語る。
売上が上がる=人の役にたっている。
と思うし、思っていると思う。
経営者達にはなく、上野さんや最近読んだ著者達にあるのが「空気を読まない」ではなく「水を差せる」ということ。
最近読んだ本は「人としてどうなのか」ということが書いてあったように思う。
経営者の本の目的が「自己の成長」なのに対して、今回読んだ数冊は「人間(日本人)としての成長」を促す、又は「これでいいのか」と疑問を遠慮なく、空気に流されることなく、自分の良かれを全体的な善を考慮して言語化することを目的にしていた気がする。
「経営者」と一括りにしたけど、大手の創業者は別格。
というか、「最近の若手経営者」が書いた本が「自分の成長」に焦点を絞っているのかも。
俺も全体的なことを考えて「良かれ」を書いているつもり。
しかし、彼らと違うのは、地位と名誉と実績。
地位と名誉は他人が判断すること。
だからそれほど固執してない。
でも、実績=努力の成果。
実績がないのは「努力の方向が違う」か「量が足りていない」ということ。
そのどれもない状態でのただの思想は言葉として軽い。
言葉に重みを持たせるためにも行動が大切。