あっ草花

草や花からも気づきを得られる、そんな境地を目指して

悔しさをバネにして

8/16読売新聞の編集手帳に、
徳川家康三方ヶ原の戦いで敗れた後、敗戦の将の顔を書かせて慢心の戒めにした、と書いていた。


イムリーな内容やった。


8/15、お金と通帳が入ったポーチを置き忘れたのは慢心があったからやと思う。
反省の意味を込めて、その時のことを振り返ることにした。


・・・・・・・


家に帰ってポーチを置き忘れたことに気づいた時、「しまった」と思った。
そこから動悸が始まった。


「いや、でも親切な人が拾ってくれていたら届けてくれているやろうから大丈夫」と自分に言い聞かせて、深呼吸して落ち着こうとした。


郵便局について届けられてないことを知った時、「なんでやねん」と持って帰った人を責めた。
でもすぐに切り替えて、「次にどうするか」を考えて警察に電話した。


始めは110番
ここで対応してくれるとは思わなかったけど、「警察署に言ってください」と言われた時点で「やっぱりな」と少しがっかりした。


次に警察署に電話すると「遺失届けはこの電話でもできますし、近くの交番に行ってもらってもできます」
この時は通話料を考えて交番に行くことにした。
けど、「また説明するのか」と面倒臭くなった。


交番で説明して遺失届けを出すことにして、いつ窃盗に切り替えてくれるのか?を聞いた時の警察官の返答に「ハッキリ言ってよ」とまた少しイラっとした。
隣にいた女性の「1週間」という一つの基準を聞いて「そういう決まりがあるなら」と納得できた。


・・・・・・・

 

家に帰ってもまだイライラなのか何なのか、動悸がしてモヤモヤが渦巻いていた。
そこで起こったことを細分化して考えていった。


届けなかった人に苛立っても、それは人に求めていることになる。
忘れなかったら良かった話。


警察官さん達の対応に落ち度はない。
自分の希望通りにならないから苛立ってただけ。


結局は「自業自得」に至りモヤモヤ気分は少し納まった。
その後、久しぶりのゲームをやって更に気を紛らわした。


すると寝る前には「犯人探しをするよりも、その時間を有意義に使おう」と思えるようになった。

 

盗んだ(まだ決まってない)相手には、それなりの事情があったんやろう。

あのお金でその人が幸せになるのなら、俺は人を助けたことになる。

だから、1週間経ってポーチと中身が返ってこなくても窃盗に切り替えず諦めようと。

(通帳の中身を引き出されたら話は別やけど)

 

同時に「こういうことがあるんやから欲しい物は我慢せずに買うようにしよう」とも思った。


これらのおかげか、夜はぐっすり寝れた。


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そして翌日の朝刊で徳川家康の話。
家康の話に比べると自分の失敗は小さい
そうやってまた自分を慰めた。


そして、悔しさをバネにして飛躍することに関しては真似しようと思った。
その時、「そうやな。”気にしない”というのは無理がある。自分に嘘をつくことになる。バネにして更に稼ぐ力に変えた方がいい」と思った。


だから家康を真似して、遺失届の用紙をいつも目に付く場所に貼ることにした。


・・・・・・・


そして今日また警察のお世話になったのも自分のせい。


イチャモンを付けてきた相手を恨まず、同じことを繰り返さないために、今日あったことをバネにする。


もう二度と、イチャモンすら付けられないように安全運転する。
相手の運転を責めない。
だからクラクションも鳴らさない。


今日の出来事は自分を戒めるため、最善の出来事やった。
ケガが無くギリギリ安全、やけど動悸が激しくなったくらいの出来事。
これくらいのことがあれば「自分の誓いをまた破る」なんてことにはならないやろう。


昨日のことを反省し、油断せず一つ一つ丁寧に確認し、必要以上のお金を持ち歩かない。
今日のことを反省し、平穏に暮らすために平穏な心と行動で暮らす。


環境が変われば色々なことが起こる。
これは今までもあったこと。


デトックスだと考えて、自分が成長するためと考えて、明日からも生きていこうと思う。